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講演会要旨(前編)

「仏教における童子形〜童子性が象徴するもの」    講師 石上善應氏

48年位前、浄瑠璃寺にまいりました。(阿弥陀堂には)阿弥陀さんがあり、脇に吉祥天が置かれている。で、なんか後ろのほうに黒いお不動さんがあるなあと。蝋燭を頼りの中でございましたから、ただ不動三尊があるというのを見ただけでした。・・・そこからお話をさせていただいて、スライドを始めさせてもらおうかと思います。

浄瑠璃寺不動三尊の矜羯羅童子

この子供を矜羯羅童子と申します。非常に可愛いですね。お不動さんは怖い。悪鬼羅刹のような顔つきで、我々の悪い心を砕こうとする意味もあったかもしれません。その脇にいるこの童子が、どうしてあんなにまで優しく作られたんだろうか。

康円作・文殊五尊像の善財童子

これは今、東京国立博物館に安置されている康円という仏師の作られた文殊五尊像です。この一番前の小さな子供が善財童子。童子と付くから子供です。しかし本当に子供なのかということなんですね。善財童子というのは、華厳経というお経に出てくる一人の若者と言ったほうがよいかもしれません。その若者が文殊菩薩の前で、お願いをいたします。「私は長い間、自尊心に囚われて、無知蒙昧なまま罪を重ねてまいりました。愛欲の深みにはまり、愚かさの闇に入り込み、憎しみの怒りの炎を燃やし続けてきて、果てしない迷いの世界を流転し続けている者でございます。(中略)願わくば、生老病死の苦しみに苛まれている私の悩みを除いて安らぎを授け、菩薩の道を教えて下さい」こんなこと言う童子いますか?あまりにも見事な言葉ではないかと思います。じゃあ、これを作った康円ってお坊さんは、間違って作ったのか。そんなことないはずですね。そこで童子という言葉に、私は大変な興味を持ったということなんです。 文殊菩薩は色んなことを教えてくれました。それが元になって彼は53人の人々を訪ねる旅をいたしました。その53人というのは、偉いお坊さんとか、仏様ばかりではないんです。商人もいれば、普通の生活をしている人も出てくる。善財童子はまず文殊菩薩から「南の方へ行くとこういう人がいる、その人を訪ねなさい」と言われて行きます。そこで話を聞き、その人から次の人を紹介してもらって、53人を歩くわけです。その53人の中に遊女がいたんです。その町の近くまでやってまいりました。ところが道がわかりませんので、善財童子は「こういう人に会いたい」と聞きます。すると、「その女性は非常にいかがわしい仕事をしている女性だ、そんなところにお前が行ってどうなるんだ」という意見が一人から出てまいります。ところが「そうはいうけれども、あの人にも一つの見識があるといわれている。行けば何か得るところがあるだろう」という意見を言う人もいる。こういう意見の中で、私どもはどんな態度をとるのでありましょうか。一般の常識から言えば、一人の人から(悪い評価を)言われると、それに従って「やーめた」というのが多いんじゃないかと思うんですね。ましてや2人や3人からいわれれば、よりそうだろう。ところが善財童子は、耳も貸さずにその女性に会うわけですね。そして話を聞く。私ども一般の社会人は、色眼鏡をかけ、先入観を持って人を見る癖が付いているんです。善財童子にはそういう先入観が全く無く、一人の人を信用したら、その人の言い分を聞いて、素直に受け取っていこうとする。そこにこの童子像という一面が示されているんではないか。15、6歳、まあ17、8歳でもいいんですけれども、その位の善財童子であるはずなのに、ここではどう見ても、まだ年端も行かない子供の姿に写して、そのあどけなさを訴えている。康円という仏師が、一通り仏教のことを知っていながら、あえてこういう子供の姿を写し取ろうとしたのは、一つの力量だろう、そう思わざるをえないわけです。このあどけなさというもののなかに仏教のもう一面を教えてくれているのではないでしょうか。

安倍文殊院の文殊五尊像の善財童子

これは奈良にある安倍文殊院の同じ五尊像ですが、(康円作の像と比べて)遥かに大きいですね。そしてその前に善財童子がおります。これはいくらか年が上になってきた。それでもやはり子供としてのあどけなさを残している。

東大寺誕生仏と聖徳太子像

これは誕生仏です。東大寺でお釈迦様の誕生会が行われるときは必ず中心の仏様としてまつられる。釈尊の誕生を祝うのは当然ではありますが、子供をどうしてそこまで大事にしなければならなかったんだろうか。お釈迦様は生まれる前、バラモンの青年であったということになっているんです。お釈迦様の前の仏様、向こうではディーパンカラと呼ばれた仏がおられた時代の話です。その時に、スメーダという一人のバラモンの青年が仏の話を聞いて大変感銘を受け、仏に帰依をいたします。その時、雨で目の前の泥がぬかっていたために、仏の前に自分の着物を置いてその上を仏に歩かせようとする。それでもまだぬかっているので、自分の髪の毛を垂らして、その上を歩かせた。それを見たディーパンカラは、青年に向って「お前はやがて、娑婆世界に生まれ変わったとき、釈迦牟尼仏となるであろう」ということを言ったという。だからやはり生まれた時から仏の性格を持ってたんだという。だからお釈迦様の場合はあまり問題にしなくてもいいかもしれない。けれども、先ほどの童子像をどう考えるかということは、考えて行かなくてはならない思います。日本で特に有名なのは聖徳太子。聖徳太子像にはいくつかあり、2歳の時、8歳の時、16歳の時と、いろんな太子像が作られます。このようにいたるところにあどけない子供を仏教の信仰対象にしているものがあることがわかってくると思います。