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講演会要旨(前編)

「東国における鎌倉時代の仏像」  講師  副島弘道氏

平安時代後期から鎌倉時代にかけて、社会は貴族の世の中から武士の世の中へと急速に変化していきました。このような時代には仏像の世界でも大きな変化がありました。私は、仏像を見るときに、それが仏教信仰の表れであるとか、歴史を語る生き証人であるといったように必ずしも難しく考えなくても、その姿を虚心坦懐に眺めれば、その時代の人々の理想像や憧れの姿が、浮かびあがってくるように思っています。 文治2年(1186)はこの時代の彫刻を考えるときに、大変重要な年であります。この年、運慶という仏師が、伊豆韮山の願成就院に阿弥陀如来と不動明王二童子及び毘沙門天像を作りました。

【スライド】願成就院阿弥陀如来坐像(運慶作) 静岡県田方郡韮山町

この像は、大変にたくましいですね。まるでお相撲さんが蹲踞しているような、あるいはアメリカンフットボールの選手が、ヘルメットをかぶって突進するような力強さ、もっと言えば一種の獰猛さに満ちています。頭が体にめりこむような形についている。胸がぶ厚く、膝も厚く、たくましい男の人が胡座をかいたときのように、脚がこんもり盛り上がった感じになっています。このようなたくましい人間を髣髴とさせる仏像は、平安時代後期にはほとんど作られていませんでした。平安時代後期には、もう少しなよやかで、しゃなっとした雰囲気の仏像が好まれていました。そういう柔和な仏像が作られる時代は、わかりやすくいえば、そんなタイプの人が好まれた時代なんです。それに対して願成就院の仏像には鎌倉時代の人々の憧れの姿が映されています。仏像を人間の姿に置き換えて考えていれば、わかりやすくありませんか。 これは願成就院像のお像に仰向けになっていただいた姿です。坐像の像底は大体三角形になりまして、内刳があります。このおにぎり型が、運慶の仏像は奥行きがとてもあります。これに対して平安時代後期のものだと奥行きがなくて、高さが低く幅の広い三角形という感じがします。

【スライド】願成就院不動明王立像(運慶)

不動明王といえば、太っていて、顔が大きく、鈍重そうで、恐い感じというのが皆さんが持っているイメージでしょう。ところが運慶の不動明王は違います。とてもスポーツマン風で、鍛え抜かれた体をしています。腰が高くて引き締まった精悍な体つきの不動明王像は、運慶以前の時代にはほとんど作られませんでした。

【スライド】願成就院毘沙門天立像(運慶)

この毘沙門天の姿は、鎌倉時代の人々に大変大きな衝撃を与えただろうと思います。平安時代の毘沙門天というのは、大体もっと顔が大きくて、鈍重な感じもするものが多いのですが、運慶は、体操の選手のように大変スマートな姿にこの像を造りました。運慶が作ったこのような像を見た時に、部将たちは自分たちの理想像がそこに示されているということを深く感じたに違いありません。皆さんは、仏像の顔は、自分達の顔とはずいぶん違うと思っているかもしれませんが、鎌倉時代の仏像はそうではありません。その辺にいる人の一番いいところを集めてきて作ったものが、鎌倉時代の仏像の顔なんですね。我々の理想を体現したもの。我々が憧れる人でないと、仏像として作っても、誰も本当の意味で手を合わせようとはしないですね。

【スライド】平等院阿弥陀如来坐像(定朝作) 京都府宇治市

この作品は「天喜元年 仏師定朝作 宇治平等院鳳凰堂の木造阿弥陀如来坐像」っていうんです。1053年の作ですが、平安時代にはどういう仏像が流行していたかということを見て下さい。体が華奢で手足が長く、座っていても脚が平べったくてペタンとしている。願成就院の阿弥陀如来像に比べれば骨格も小さい。筋肉の量も少ない。こういう優しげな姿のお像が、平安時代に流行っていました。

【スライド】円成寺大日如来坐像(運慶作) 奈良県奈良市忍辱町

これが若い運慶が安元2年(1176)に作った奈良円成寺の大日如来です。その魅力は、一つには若々しいということ、もう一つは極めて丁寧に作られているということですね。例えばこの髪の毛の丁寧な彫り方を見て下さい。仏師にとっては大変ですが、見る方にとっては、細かい部分がきちんと彫られていると、仏像はいかにも本物に見えてくる。これだけ細かいものを一度見てしまうと、それまでの省略してしまったものでは飽き足らなくなってしまう。そういう新しい世界に運慶は我々を連れて行ってしまいます。

【スライド】瑞林寺地蔵菩薩坐像(康慶作)

静岡県富士市瑞林寺のお像です。像内に文字があって、治承元年(1177)に、運慶のお父さん康慶が作ったことがわかります。つまりこの作品は、康慶も、1170年代になると新しい雰囲気の作品を作った、そういう証拠になる作品です。

【スライド】興福寺南円堂不空羂索観音像(康慶作) 奈良県奈良市登大路町

これは文治5年(1189)の作品です。固太りで、大きくて、体重も筋肉もあり、たくましくて強い。こういう作品が新しい鎌倉時代の仏像です。

【スライド】興福寺南円堂法相六祖像(康慶作) 奈良県奈良市登大路町

同じ南円堂に作られた法相六祖像の1体です。このお坊さんの顔は、ちょっと怖いですね。何かを恨んでおられるような顔をしています。でもたしかに人間はこういう表情をすることがありますね。作者には本物そっくりにリアルに作りたいという欲求がある。新しい時代の仏像の雰囲気がよく伝わってくる作品です。このように鎌倉時代には、それまでとは随分違う仏像が次々に作られ始めたのです。