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講演会要旨(前編)

「静岡県の仏像」     講師  清水眞澄氏
1.平安時代の仏像
南禅寺の諸像(河津町)

静岡県の平安時代の像を話すときにまずお話しなくてはならないのは、南禅寺の仏像でございます。清水市の鉄舟寺奥院の十一面観音像を9世紀に置く説もございますけれども、ここではこの南禅寺の像を取り上げたいと思います。南禅寺には、薬師如来像をはじめ、平安時代の一番早い時期の仏像が十数体まとまってあり、しかも大きな像があるということが重要だと思います。薬師如来像を拝見いたしますと、お顔には柔らかさの中にも厳しさが残っています。それから衣文が右足と左足両方に弧をえがくように別々にかかっていまして、両足それぞれにボリューム感がある。この辺が平安時代でも古い形と考えられております。時代がもう少したちますと右足と左足の衣文がつながって、ゆったりと坐るというような形に変わってくるわけです。平安時代、平等院の阿弥陀如来像ができる11 世紀の中頃以降、穏やかでゆったりとした像が出てくるわけですけれど、その前の像というのは個性的でございまして、この像もそのように言えると思います。次に地蔵菩薩像ですが、この像は190センチ位、等身よりも少し大きいですね。一木造という造り方をしています。一木造の場合は木材の制限があるわけですから、190p位の像を作るには、立像とはいえ用いる材の大きさがそれなりに必要になります。次に形の方ですが、一般的に如来も菩薩も、着ている衲衣の合わせが胸からお腹にかけてU字形になることが多いのですが、この像は三角形に合わせているところに大きな特徴がございます。そして脚のところを見ますと、両腿それぞれに同心円状に襞ができている。こういうところも古い、9世紀に始まり、10世紀なり11世紀の初め頃の形式です。次に天部像ですが、上半身、それから下半身のボリューム感が非常に豊かでして、少し体をひねっているのですがそこに力強さが見られます。両腕が無くても、一つの彫刻として存在感があります。お顔が非常に独特で、型にはまらないといいますか、ユーモラスな点、これはこの時代の個性的な一面だと理解していただくとよろしいと思います。以上のように南禅寺は、静岡県の仏像を語る時に最も重要な存在であります。次に湯ヶ島の善名寺の薬師如来像もこの頃の作例です。こちらは数年前に修理されまして、今日お寺で安置されている姿は、本来の古い形に戻っています。

伊豆山神社男神像(熱海市)

それから、熱海の伊豆山神社の男神像。二十数年前、伊豆山神社の総合調査がございまして、このお像の存在が明らかにされました。この像は大変大きな平安時代の神像として、注目されております。

東国における平安彫刻の分布

今伊豆半島の平安時代の像を取り上げたわけですけれども、東北・関東における平安時代の仏像の分布を見ますと、関東地方、あるいは静岡を飛び越して東北地方、岩手県、福島県辺りに9世紀平安時代初期の像がまとまってございます。乱暴な言い方にはなりますが、茨城・埼玉・東京・それから千葉、神奈川、静岡というような地方を飛び越していった文化が10世紀位になりまして、間を埋めるように出てくる。全体のイメージとしてはそんな風にご理解いただくのがよいと思います。なかには神奈川県・箱根神社の万巻上人像のような平安時代初期の例もありますが、全体的には10世紀位から、静岡県も10世紀辺りから仏教文化が次第に栄えていくのだろうと考えるわけでございます。

定朝様式の伝播

その中で重要なのは一つは形の問題、もう一つは造り方の問題であります。形の問題というのは、先ほども触れましたが、定朝が平等院の鳳凰堂の阿弥陀如来を1000年代の中頃に作り、この頃からいわゆる定朝様式という胸は薄く着衣の衣文は穏やかに、という姿の像が現われまして、地方にも伝播して参ります。この定朝様式がどれだけその地方で受け入れられるかということが平安時代の仏像を見るときの基準になってくるわけです。もう一つは造り方の問題でして、一木造から寄木造に変わってまいります。この背景には、注文が増えますと、需要に答えられるように仏像の大量生産が必要になってくる。寄木造だと分業ができる。あるいは離れた地域に仏像を運ぶときにはパーツに分けて、現地で組み立てることもできる。割れないように木心を取る時にも寄木造ですとやりやすいということで、寄木造が造像技法の主流になります。これが先ほどの定朝様式と同じ時期に地方に伝播してまいります。京都奈良よりも少し時間がずれて地方に伝わるわけで、地域によっては100年ぐらい後になっても伝わらないところもありますが、私共が思っている以上に速いスピードで各地に伝播しているように思います。静岡県では他に、島田市の智満寺の十一面観音像、袋井市の西楽寺の阿弥陀・薬師如来像、磐田市の宣光寺の地蔵菩薩、新井の大賀寺の阿弥陀如来像などがございまして、東海道に沿って西の方に、平安時代後期の仏像が分布しているということが分かります。なお最も早い年号のある像は私が知るところでは、磐田市の宣光寺の地蔵菩薩像の正暦元年(1160)という胎内銘だと思います。(文責・上原仏教美術館)